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Wednesday, September 21, 2016

讀賣新聞が「ハイビーム使用を…横断死亡96%が「下向き」」と題して、ハイビームの積極使用を警察庁が呼びかける報じた。これは、朝日新聞が以前掲載したハイビームデフォルト論にも関連する話題だが、ここで、ハイビームかロービームかを安易に事故に結びつける危険性を説いておきたい。

なぜ明るくなったのか

現在のヘッドライトの基準は、最高光度の合計で22万5,000カンデラ。最低は光度測定点で64,000カンデラ。車検は、基本的に「すれ違い前照灯で行われる」。「測定が困難な場合」を除いて、ハイビームは測定されない。

ではなぜ、ハイビームはそんなに明るくても良いことになったのか。前述の最高光度22万5,000は、欧州基準に併せたものなのだ。この明るさは…

  1. 走行速度の基準を 180km/hとすると、停止距離は 245m。反応時間を 3/4秒とすると、その間に38m走っているから 283m。ブレーキの作動状況によって距離は10〜20mのびるなど、制動距離を 300m必要とする。
  2. 制動距離を 300mとすると、安全走行のためには 600m前方で道路が曲がっているなどを見いだせることが必要である。
  3. 障害物を発見するための最低照度を2ルクス、はっきりした確認をするには4ルクス必要とする。
  4. なお、視認性を悪くしないため、前方50mから 300mまでの明暗の差が大きくならないこと。

結論として、望ましい最高光度は2灯合計30万カンデラとされたという。

単純に、制動距離とした 300m先を4ルクスの明るさで照らすには36万カンデラの光量が必要だという計算になる。

ところが当初30万カンデラとした規定は、最終的に22万5000カンデラに落ちつく。22万5000カンデラは 300m先を 2.5ルクスで照らす光量である。

*伊藤幸司のパーツうんちく学【4】ヘッドランプの巻────1989.2 http://ito-no-kai.la.coocan.jp/300_index/316_auto-mechanic/890200_auto-meca04_lamp.html より引用

といった経緯で決められている。つまり、時速180kmで走っていて600m前方の車が発見できるかどうか、で論じられており、決して、市街地の走行を想定してなどいないのは、明らかだ。

距離の二乗に反比例する光は、100m先を10luxで照らすには、10万カンデラあれば事足りる。ところが、現行法はその倍以上の照度を規定している。それは、高速道路での安全走行を前提にしたからだし、海外からの規制撤廃圧力もあって、基準を改定してきたからだ。なんせ、昔のヘッドライトは「あんどんライト」と揶揄するほど暗かった。

あんどんライトで良いとは言わないが、明るすぎるのもよろしくない。最大の欠陥は「眩惑」だ。

人間の目の順応

おおよそ、道路は平らなところばかりとは限らない。昇りの端で信号停車した車のヘッドライトは、下向きであっても、反対側で信号待ちをしている車のドライバーの目を射る。そうすると、ドライバーの虹彩は閉じ、しばらく暗視力を奪われる。信号が変わったからとそのまま発進する。直進ならばまだしも、左折だとそこには横断歩道が待ち受けているのだが、さて、ヘッドライトが照らしていない、照射範囲外から来る歩行者は、果たして見えるだろうか。

すれ違った車のヘッドライトに眩惑された場合も、そうだ。対向車のヘッドライトに眩惑されると、自分が直進している比較的暗い行き先は、かなり見え辛くなる。だから、対向車があれば必ずすれ違い前照灯、つまり「ロービーム」を使う。都市では対向車だらけだから、ハイビームに戻している暇は、まずない。

付け加えるなら、歩行者も眩惑されて、しばし見えずに歩けなくなることもある。つまり、基本的にまず、明る「すぎる」ヘッドライトというだけでも、あまり良いことはない。なぜか。

人間の視力にも、写真のような「ラチチュード」(寛容度)があり、実は、それは写真よりも狭い。明るいところ、暗いところで、それぞれに順応するのですら、ちょっと間を置くのは誰でも、映画館の出入りなどで体験しているだろう。だが、運転している時に、そんな順応を待っている暇はない。だから、「明暗差が少ないことが、結果的に夜間でもより広い範囲が見える状態」となる。

街灯などにしても、明るすぎるそれが広く間を開けて存在すると、シマウマ状態で暗いゾーンができるのだが、これが良くない。例え暗い灯りでもムラなく暗いほうが、人間の目は順応するので、物事が見えやすいのだ。

高齢者の目は、順応速度が遅い

さらに、高齢化という要素もあるだろう。明暗への順応に要する時間は、加齢とともに長くなる("警視庁資料 P90)。高齢のドライバーが増える、イコール、目の順応能力が劣化したドライバーが増えるということは、暗がりの歩行者が見えなかった結果起きた可能性のある事故の増加と、無縁ではないだろう。では、それはハイビームにすれば解決されるのか。答えは、否。ハイビームにしたところで、照射範囲外 ─ 例えば、歩道が暗いとしたら、そこから出て来る歩行者はヘッドライトが照射する範囲に入ってくるまで、結局は「見えない」のである。

なぜ、車のヘッドライトが下向きで事故が増えるのか

では、なぜヘッドライトが下向きのほうが事故率が高いのか。私は、実際自分が体験するからでもあるが、自動車のヘッドライトが明るくなり過ぎたために、明暗差が広がり、暗いところが全く見えなくなっているのだと推察している。対向車のハイビームが目に入ろうものなら、それはもう、一瞬は完全にブラインドドライブである。なにせ、対向車のドライバーや歩行者は、高速道路を180km/hで走ることを考慮した「300m先を2.5ルクスで照らす光量」。こっちはそれで、目を射貫かれるのだ。

ヘッドライトをハイビームにしていれば、歩行者を発見できたかも知れない。それ自体を否定するわけではないが、ロービームでも周囲と明暗差が小さいなら、暗がりの歩行者も見える。だが、明る「すぎる」ロービームのピークに順応した目には、暗がりの歩行者は見えない。

今回讀賣新聞が取り上げたのは、横断中の歩行者の事故に絞った結果からの話。同記事は信号云々には触れていないし、それが横断歩道であるかどうかも分からない。だから、夜間、とにかく暗いであろう歩道なり脇道から、車が走っている道へ歩行者が横断しようと出てきた場合、と想われる。だが、ヘッドライトがハイビームで遠くまで明るかったとしても、暗い影にいる歩行者はやはり見えない。例えば、中央分離帯の木の陰にいる歩行者。経験で、横断歩道でないところを渡ろうとする歩行者が木の陰に潜んでいるのを発見したのは、一度ではない。あるいはまた、例えば左折時の手前から渡る歩行者。ハイビームが照らしているのは、全く関係のない、信号停止している車のほうだ。

余談だが、真っ正面でも、見えないことはある。真っ暗な冬の歩道のない道で、学生服に黒いスニーカーの学生が歩いている。これは、ロービームではたしかに見えない。路面が濡れて黒ければ、尚更だ。だが、ハイビームでこれが見えるようになる「かも知れない」のは、進行方向(つまりハイビームの照射範囲)にその学生服の人物がいて、なおかつ「顔が見える」(顔は真っ黒じゃない)、或いは、白い雑嚢カバンか何かが見えた場合。あの黒い学生服は、とても危ない。脚に、反射テープをガードルよろしく巻いてくれないものだろうか、とすら思う。

眩惑を防ぐのは、明るくするのとイコールではない

曲がる方向を向いて照らすヘッドライトは、大昔にシトロエンが備えたが、日本で認められなかった機能だ。今ではそれも認められ、スバル車も備えるようになったが、基本的には、そんなものは備わっていない。では、どうすれば眩惑を防げるか。暗がりをなくしたり、眩惑しないようにハイビームが使える状況を厳格にしたり、停止車両のヘッドライトは消灯し、信号停車が長引く場合はブレーキランプの照度を落とす、といったことが、眩惑を防ぐ手だ。決して、ただ明るくするのが解ではない。

明暗差を縮めるにはさらに、シャープにカットされるヘッドライトではなく、境目がそこそこ曖昧なライトにする手もある。ちょっと前までは、ヘッドライトのカットといっても、今時の車ほどには切れていなかった。今はとてもシャープに上が切れていて、ぼんやり漏れる光がない。だから、明暗差は大きくなり、必然的に暗がりを見る視力は失われているのである。

環境をを明るくするのも、手だ。但し、ここで言う「明るい」は、照明の意味ではなく、壁や道路の「色」だ。存在する様々な灯りの役割を助けるように、反射率の高い色を多用するだけで、環境はかなり明るくなる。

◇◇◇◇◇

あれこれ書いたが、一番簡単な基本は、人が横断歩道以外の場所を渡ったり、道路に寝ていたりしないこと ─ 車と人が隔離されているバリアーを超えるものは、救いようがない。

この件では、自動車の基準の側は、様々な事情から明るくあかるくなってきたのに、道路交通法はその変化は考慮に入れず、昔のあんどんライトの感覚でハイビームをデフォルトとしたままだという問題がある。それが、今度はこれを呼びかけてゆくというのだから、思慮に欠けていると感じざるを得ない。私には、それでは恐らく事故は減らない、としか思えないのだ。

なくさなくてはならないのは闇夜の烏であり、減らすべきは明暗差だ。ハイビーム使用は決して、この件の解ではない。


讀賣新聞記事 「ハイビーム使用を…横断死亡96%が「下向き」」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160921-00050003-yom-soci