サスペンション ── 車を構成する部分の中でも、とりわけ話題にするのは相当通な方ばかりという、文字通りの縁の下の力持ち。もうじきアメリカでは空を飛べる車も販売されるらしいが、多くの自動車は地べたを這っている。サスペンションは、そんな自動車の大きな要素、キモである。
サスペンション次第で、車の性質はドラスティックに変化する。四駆でオフローディングをやっていて最後に行き着くのも、やはりサスペンション。そこでは、脚の長さ、つまりいかにストロークが長く、極悪条件でもタイヤを接地し続けていられるか、が大命題。接地させるには、荷重が要るのだが、一方で、浮いた脚が接地するには伸びが要る。うまいことにその場所がモーグルよろしくちょうど良い凸凹があるなら、いずれかの脚を上げて荷重ができるだけ均等になるように車をコントロールすれば良いのだが、必ずしもそんな場所ばかりとは限らない。
サスペンションの伸びと縮み
先ず、車体が水平ならば、縮んだサスペンションが目一杯荷重を引き受け、伸びた脚側におこぼれが行く。関連懸架になっていれば、縮み側荷重は上手に伸び側に分散され、車体は水平を保ちやすい。一方、独立懸架では、縮み側の受けた荷重は必ずしも伸び側に伝わらず、必然的に車体が傾く。
こうした関係をオフロード四駆ではなくスポーツカーに当てはめると、旋回時に外側の荷重を受けるサスペンションが目一杯縮んだ時、荷重の少ない内側の車輪がいかに接地力を保っているかは、旋回遠心力に勝る前進移動エネルギーを保つための、大事な要素。接地力が損なわれると駆動力は浮いた脚に逃げ、前進モーメントが失われる結果、車体は遠心力に負けてしまう。
この理屈が分かっていないと、旋回性能を上げるにはスタビライザーを装着すれば良いと錯覚してしまう。実は、スタビライザーは伸び側・縮み側ともに制限をかけてしまうだけで、サスペンション性能の向上に寄与するどころか、むしろその役割を殺いでいる可能性すらある。なぜなら、横Gに対する物理的な抵抗は、前進力と、横向きのエネルギーを受けて縮むサスペンションだからだ。この物理的に横Gに抵抗する機能を殺ぐわけだから、旋回性能が上がるわけがない。それでも持ち堪えるのはひとえに、外側に偏った荷重で増大するタイヤ摩擦力のお陰である。だから、限界が来れば車体は簡単に路面から剥がれ、或いは横滑りする。但し、ロールだけは抑えられるから、心理的な恐怖感や乗り心地は改善したかのように感じられる。
オフロード車輌では、この欠点がさらに拡大され、接地するはずの車輪が宙に浮く。結果、浮いた車輪に駆動力が逃げるため、車輌はスタックしてしまう。かつて、日産サファリがスタビライザー解除装置を備えていたのも、この欠点を補うためだ。もう一つの解決策は駆動力を接地した車輪へ回すデフロックだが、それはサスペンションの話ではないので、ここでは割愛する。
伸縮と荷重
では、荷重はどうか。伸びた時に荷重を与え続けるのは、かなり難しい。この難題への答えの一つは、油圧などによる関連懸架システムだ。縮んだ側の受けている圧力を使って、伸びる側に油圧を送り、脚を伸ばして接地性を高めるという仕組み。私が14年所有してきたMGFも、液体式関連懸架システムのハイドロラスティック・サスペンションになっているが、四輪駆動車ほど長い脚での話ではない。
こうした懸架システムの大元には、スカイフック理論という考察がある。架空の線上から吊り下げられたボディを想定し、理論上、車体は全く揺れない。しかし、この理屈では、接地のための荷重という要素が蚊帳の外に置かれている。
実際には、伸びた側の脚にも縮んだ側の脚にも、常に均等に車体から得られる荷重が分散するのが理想で、タイヤの単位接地面積あたりの荷重変化が最小となり、適切なグリップが得られる筈。しかし、車には乗員や積荷などの不確定要素が加わる。それらは必ずしも同じ位置ではなく、また重量も変化するからややこしい。さらに、路面の傾斜も、荷重変化の要素になる。登りでは後輪側に、下りでは前輪側に。そして、直線でも僅かに、右か左に傾いている。
車両重量配分とレイアウト
道が傾いているからといって、まさか、登りと下りでボディ荷重側をすべて前後移動させるわけには行かないのだから、そこは割り切った設計が必要になる。例えば、ワーゲンゴルフIなどはフロント荷重が十分に重たかったので、氷雪路の下りでテールを振ることはあっても、登りで駆動輪荷重が不足するようなことはなかった。ところが、最近では安易にFFと4WDの両駆動形式モデルを併存させるので、前輪荷重が不足気味でも、そうした低μの傾斜路を利用するなら4WDモデルを選ぶだろうとタカをくくった割り切りなのだか何だか、重量配分はイイカゲンになっている気がする。
フルタイム4WDモデルならば、フロントミッドシップであっても理想の重量配分で、傾斜の登り下りも平気なのだが、そのままでFFにされると、駆動する前輪の荷重が足りず、登りでは顕著に欠点が出る。FRやRRなら加速時に駆動輪に加重がかかり、都合が良い。旋回時には制動するから、前に荷重が移動する。FFも、後輪側はただついてきていれば良いのだと割り切ってフロントヘビーなら、あまり妙なことにはならない。四輪駆動なら、FF・FR両方の特性を使い分ける操縦も叶う。だが、設計車体と実際の駆動形式が違っては、話にならない。
車名は控えるが、経験した酷い例では、登りの信号停車からの発進で前輪が必ず、ジャダーよろしく振動した。ショックアブソーバーが元気なうちは、まだ振動を吸収してくれていたのだが、ちょっと古くなると、もう駄目。最後には平地の発進でも振動が起きるほど。これが一般のユーザーから欠陥として指摘されないのは、偏にほとんどがオートマチック車であり、動力伝達が極めて緩慢なために振動が起きないからだろう。むろん、その分は空転のツケとして燃費の悪化に直結するのだし、或いは、雪道で救いようのないスタックを起こしたりもする。
余談ながら、この車種では、メーカー系販社がショックアブソーバーの交換部品を売ってくれなかった。ユーザーに対し、状態の善し悪しの判断や対処はディーラーがやるから、お前ら素人は黙れという上から目線に、心底嫌気して乗り換えた。少なくとも、その販社からは二度と買わんと思っている。
ともあれ、要は、四輪駆動と前後どちらかの二輪駆動では、自ずと、エンジン位置による重量配分やサスペンション設計・設定が違わねばならないのだ。なのに、二輪駆動と四輪駆動の両モデルが平然と設定されているから、困ったことになる。昔は、こんな妙なことは滅多になかった。平和だったなぁ…。
レインジローバーという実在の理想
前輪後輪いずれかの加重が不足する時、その不足分を油圧などで余る側から回せる関連懸架だとて、傾斜ほど大きな加重変化を調整できるわけではない。だが、どんなに傾いても車体が水平ならば、車輪には均等な加重がかかる。これを可能にするにはオートジャイロしかないが、巨大なオートジャイロを車体側に備えるなど、残念ながら自動車では望むべくもない。そこで、次善の策が、原始的に、ホイールベース・トレッドとリーディング・トレーリングの各アームの長さなどで、物理的にベストな関係を得ること。これをやってのけているのが、かのレインジ・ローバーである。
ディフェンダー90は7.5インチ短く、ディフェンダー110は長すぎると冗談半分に言われるが、これはまるっきり冗談ではなく、実際、レインジローバーの100インチがベストなのだ。前輪リーディングアーム長による物理的なアンチノーズダイブ効果など、まったく、良くも突き詰めたものだと思う。結局は、物理的に、プリミティブに、モノとしての重量と慣性を上手に処理して、きちんとタイヤを地面にくっつけてくれるのが、動いてナンボの自動車だから、第一義。全車種レインジローバーと同じサスペンションを備えることなど叶うわけがないが、完成されたものには学ぶべし、だ。
FFと4WD両モデルが、たいした重量面での配慮なしに併存できるなど、あり得ない。あり得ないことに対して、安上がりに電気仕掛けなどで対応しようとすると、とんでもないボロが出る。実際にボロが出た例は、枚挙に暇がない。当のレインジローバーですら、今時の電気仕掛けに走ったツケは大きい。
失われた禁断領域
最近、とんでもないリコールが続出しているように感じる。アクスルシャフトのスプラインを嘗めてしまったり(動力を伝える軸をつなぐ部分で、そのために刻まれた溝が崩れた)、オートマチックトランスミッションの潤滑油路が不適切なために時速65キロ以上で走るとトランスミッション後端が壊れて走行不能になり、しかもそれが原因でプロペラシャフトが外れて燃料タンクを損傷させ燃料漏れが起きる(http://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha08_hh_000846.html)とか、トラックの燃料タンクに亀裂が入って漏れる(http://www.mlit.go.jp/common/000149673.pdf)といった深刻な事態が、頻繁に発生しているように感じている。
こうした事態に至る背後には、部品のクオリティダウンがありはしないだろうか。どんなに節約しても、ここだけは譲ってはいけないという品質のための聖域というものが、物づくりにはあるだろう。それが、コンピュータがはじき出す論理値とコストダウンのために侵されてしまっている ─ そんな印象を受けるのだ。加工し易い材質にしたがために、本来あるべき品質を安定確保できなくとも、コスト的に間尺にあえば良いとしてはいないだろうか。
ひいては、FFやFRの専用設計と4WDの共存も、そうしたコストダウンの、大きな括りでの犠牲の一つなのではないだろうか。重量配分や駆動力による負荷影響の分散要素など、設計上多くの相違点があって然るべき二輪駆動と四輪駆動に、同じ設計の車体をそのまま使うなど、本来は考えにくい筈。しかし、経済的には「プラットフォームを共通化してコストダウンを計る」といういい方となり、経営手腕が長けていると錯覚させられる。
購入希望者は、車の外観にはご熱心である。しかし、本当に見るべきは、ネジ一本、ビス一つに始まる部品の「品質」であり、それらが束ねられた時の完成度ではないのだろうか。むろん、外観だって重要なのだけれど、道具としての自動車の車体外観は、トラックと乗用車など用途による違いを除いて、それを包んだオブラートに過ぎない。薬を選ぶのに糖衣錠の糖衣の色や錠剤の形で選ぶだろうか ─ 否。冷や麦赤や緑の一本一本で味が違わないのと同じように、そんなことは極端な話、どうでも良い。だが、老若男女を問わず、乗員と道を歩く人の命を左右し得る重量のある動く箱の大事な部分が、コストのために犠牲になって良い筈はないのである。
Posted by nankyokuguma at 16:31:17. Filed under: Vehicle
