<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
  <channel>
    <title>BEAR&#039;s BLOG</title>
    <link>http://www.pictinas.com/tomilog/</link>
    <description></description>
    <!-- optional tags -->
    <language>ja</language>           <!-- valid langugae goes here -->
    <generator>Nucleus CMS 3.80</generator>
    <copyright>&#169;</copyright>             <!-- Copyright notice -->
    <category>Weblog</category>
    <docs>http://backend.userland.com/rss</docs>
    <image>
      <url>http://www.pictinas.com/tomilog/nucleus/nucleus2.gif</url>
      <title>BEAR&#039;s BLOG</title>
      <link>http://www.pictinas.com/tomilog/</link>
    </image>
    <item>
 <title><![CDATA[GFX100で感じる、被写界深度の「超」浅さ]]></title>
 <link>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=467</link>
<description><![CDATA[GFX100が出たのが、今年の6月28日。すぐに手に入った幸運な人は少ないだろう。筆者も、首を長くして一ヶ月を過ごし、7月27日にようやく入手できた。だが…撮っていて一億画素のパワーを感じるより先に、とても不思議な結果を得て、悩みのほうが大きくなった。それは、ボケだ。<br />
<br />
イマドキの流行は、背景のボケ。ポートレイトしか撮らんよぉならそれでも良いのかも知れないが、私はパンフォーカス的な結果を良しとしている。だから、背景のボケが欲しいからフルサイズだ中判だというのには、正直辟易している。ぼかして写すロジックは簡単だが、絵柄として「意義あるボケ」を背後に、対象を「美しく」写すのは、また次元が違う。<br />
<br />
だが、それとは全く逆に、パンフォーカスが欲しいと思うと、実に苦しい思いをしてしまう。アオリを使うとか、被写界深度合成をやるといった手があるにはあるが、一瞬をパンフォーカスで定着するには、どちらの手も使えない。GFX100では、それどころか、経験値としての「これくらいの被写界深度はあるだろう」という読みが、全く通じない。<br />
<br />
ここで、一体どうして、銀塩時代には6x6や6X9、6X12だろうが4X5だろうが、あまり苦しい思いをすることなく、自然にキメられていたのだろうという疑問が生じる。<br />
<br />
フィルムで同じ焦点距離のレンズで撮った写真は、鑑賞時のプリントサイズが同じなら、ボケの拡大率が低い大フォーマットのほうが被写界深度は深く見える。銀塩でも、粒子が粗ければ被写界深度は深く見え、粒子が細かければ被写界深度は浅く感じられる。まぁ、これは良い。だが…<br />
<br />
APS-C = 23.6 X 15.8mm<br />
ハーフサイズ  = 24 × 18mm<br />
フルサイズ = 36 X 24mm<br />
デジタル中判 = 43.8 X 32.9mm<br />
645 = 56×41.5mm<br />
6X6 = 56x56mm<br />
6X7 = 56x70mm<br />
6X9 = 56x84mm<br />
4X5 = 100×125mm<br />
<br />
というサイズをスプレッドシートに置いてあれこれ計算してみると、デジタル中判とはいっても対6X6面積比では46%で、半分の面積もない。それなのになぜ、あれほどGFX100の被写界深度は浅いのか。<br />
<br />
銀塩フィルムのアナログな世界をデジタル撮像素子の画素数にすると、根拠は曖昧ながらおおよそ、せいぜいが500万画素程度らしい。これを面積比で換算すると、GFX相当の銀塩の画素数は1千万画素以上となる。そこに桁違いの一億画素の素子が並ぶのだから、許容錯乱円が得られる絞り値は遙かに小さくなる。或いは、どこまで絞ってもボケるようにすら感じられる。<br />
<br />
だが、銀塩の中判などで思いっきり大きく伸ばした写真でも、それほどのボケは感じたことがない。一方に絞りによる回折ボケ問題があるとはいえ、幾ら理屈をまさぐっても、銀塩時代になぜ、あれほど被写界深度の問題を深刻に考えずに撮っていられたのか、とても不思議なのだ。<br />
<br />
ともあれ、一つだけとりあえずのヒント、対処療法を云えば、<b>思っているよりも三段絞る</b>こと。三段絞るには、光の量は2倍必要(光は平方根で増減する)。デジタル時代だからスタジオストロボのパワーは小さくて良いなんて理屈は、これで終わったかも知れない。]]></description>
 <category>Photo</category>
<comments>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=467</comments>
 <pubDate>Tue, 29 Oct 2019 13:08:38 +1000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[IBISの泣き所 ─ フレーミングのズレ]]></title>
 <link>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=464</link>
<description><![CDATA[SONYやPentaxが採用しているIBIS、ボディ内手ぶれ補正は、言うまでもなく撮像素子をブレとは逆方向に動かして、手ぶれを補正するものだ。レンズを選ばず手ぶれ補正が利くので、例えばオールドレンズを使う場合などには、有り難くユニークなメカだ。もちろん、アストロトレーサーやリアルレゾリューションのような御利益もある。ところが…良いことばかりじゃあない。<br />
<br />
撮影したつもりのフレームから、結果が大きくズレる場合がある。昔の35mmポジノートリミングで「どうだ」というような性質をひきずるスティル写真では、時としてこれは、とても困る。<br />
また、ミラーのあるDSLRでは撮影前に止まって見えるわけじゃあないので、的を捉える意味では、レンズでのISのほうが使いやすい。<br />
<br />
ところが、どうしたことかフレーミングずれの欠点を指摘する声は、問いたださない限り、ほとんど見聞きしたことがない。そこで、なぜだろうと考えてみた。<br />
<br />
<h3>ズレが問題にならないのは…</h3>
<ol>
<li><b>動画系ユーザーが多い</b><br />動画のミラーレスユーザー、特にテレビをターゲットとしたニーズの場合、「セーフティゾーン」をとらないと、切れる。受像器側がオーバースキャンのため、周辺部が表示されないのだ。その割合は、二割ほど。<br />テレビ用のテロップ写真を撮影した経験があるのだが、その二割の枠は、想像を絶して大きい。<br />当然、撮る側はそれほどの余裕を周囲にとって撮影するから、少々フレーミングからずれても、外れはしない。それに、編集時に枠を動かせば、救える範囲にほぼ収まるだろうこともある。だから、さほど真剣にこの問題を捉えないのではないか。<br />一方、ミラーレスでないDSLRの動画撮影では、レンズ側で担った場合と大きく違ってしまう。この場合は、思いがけず大きくズレてしまいかねないから、ひたすらブレないようにするしかない。</li>
<li><b>気にしてない</b><br />業者依頼でプリントする場合は特にだが、写真の紙サイズが2:3比率ではないこともあり、若干トリミングされる。それも含めて、さほど神経質にフレーミングを意識していないのではないか。<br />モノクロネガ写真の紙焼きで、ネガの黒枠を残したプリントがある。ノートリミングだと示しているのだが、そこまでやる人なら、本人にはズレがはっきり分かっているはず。そこまで拘るユーザーは、少数なのだろう。</li>
<li><b>分かってない</b><br />なぜか、撮ったつもりの枠と仕上がりでズレがあると思っても、何が起きたのか分かってない。だから、気にはなっても忘れられる。</li></ol>
<br />
おおよそ、思いつくIBISの大きな欠点が取り上げられない原因は、上の三点くらい。けれども、カメラ店で店員にフレーミング問題を聞いてみたところ、やはり分かって困惑しているユーザーは少なくないらしいから、興味深い。<br />
<br />
<h3>やはりレンズ側補正</h3>
<br />
フルフレームミラーレスとして登場したキヤノンRのレンズ側手ぶれ補正では、コンデジに始まって、同社製一眼ではKissMから搭載されたCMOSセンサでのブレ検出補正、デュアルセンシングISとなっている。これは、IBIS優位と言われる要素の違うブレに応じたものだ。<br />
<br />
そこまでやって補正してくれるとあらば、残る課題の、レンズ内手ぶれ補正のプリズムによる「僅かな」画質の劣化は、フレーミングとバーターに出来るモンじゃないだろう。実際、ISをキヤノンのレンズで初めて搭載した初代EF70-300mmISに始まり、ずっとレンズISを使い続けてきた所感で言えば、ISがあるから劣化していると、ISを恨みに感じたことなど一度もない。唯一困ったのは、初代で随分長らく使った後に、プリズムが剥がれて撮影続行が困難になった時だ。しかし、これもその一度だけ。<br />
<br />
もはや、フレーミングを犠牲にしてもというのは、どこか違わないだろうか。キヤノンがRでIBISを採用しなかった見識を理解している要素から推測しつつ、今、改めて問題提起してみたいのである。]]></description>
 <category>Photo</category>
<comments>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=464</comments>
 <pubDate>Sat, 20 Oct 2018 10:10:43 +1000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[噂のフルフレームミラーレス、EOS Rに思う]]></title>
 <link>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=460</link>
<description><![CDATA[<p>9月5日発表と噂される、キヤノンのフルフレームミラーレス機。蓋を開けるまで迂闊なことは書きたくないが、それでも、あれこれ頭に浮かんでは消える。そこで、楽しい想像の日々を送りながら、先々もちょっと、夢見てみた。</p><h4><b>先ずはおさらい ミラーレスの〇と×</b><br />
</h4>
<h5>〇</h5>
<p>ミラーボックスとペンタプリズムが要らない =</p>
<ul><li>製造コストが下がる</li>
<li>重量が軽くなり得る</li>
<li>大きさが小さくなり得る</li>
<li>機械的構造がシンプルになり、耐久性を得やすい</li>
<li>TS-Eでミラーボックスのケラレが起きない範囲が広がる</li>
<li>ミラーショックがなくなる = ブレ要素が減り、画素数を増やし易い。ミラーアップ撮影不要</li>
<li>デジタルムービーとの親和性は高い(光学ファインダー利用状態の一眼レフはデジタルムービーが撮れない)</li>
<li>センサが焼ける恐れはあるが、太陽などを撮りやすい</li>
</ul>
<h5>△</h5>
<ul><li>フランジバックを短くもできる = アダプタで様々なレンズが使える「かも知れない」</li>
<li>レンズ設計上フランジバックの長いもので培われてきた技術があるので、バックフォーカスが短くなっても、レンズ性能上はそう単純ではなく、必ずしも良くはならない</li>
</ul>
<h5>×</h5>
<ul><li>ライブビューモニタのため、超望遠では著しくターゲットの捕捉が困難</li>
<li>ファインダー像が被写体を反映せず、追尾が難しい</li>
<li>本体の小さなモニタでは、絞り込み機構で被写界深度を確認し辛い</li>
<li>撮った瞬間の画像は見えない(光学レンジファインダーや二眼レフは見える)</li>
<li>電池の消耗が早い</li>
<li>熱ノイズが発生し易い</li>
</ul>
<p>以上のようなところが、〇と×として掲げられると思うが、但し、一部はミラーレスでなくとも、ライブビューがあれば叶う。</p><p>ここで、ミラーボックスがないことの最大の利点を挙げるなら、特殊用途とも言えるアオリレンズでのミラーボックスでのケラレは別枠として、なによりもミラーショックレスだろう。そして、そのミラーショックレスの恩恵が受けられるのは、5Dsのような大解像度機だ。</p>
<h4><b>画餅にあらず</b></h4>
<p>キヤノンは既に2015年、1.2億画素のEOSコンセプトや2億5,000万画素CMOSセンサーをCanon EXPOで展示していたし、検査用カメラ用でAPS-Hサイズ11.2億画素CMOSセンサーの120MXSMを本18年7月から量産販売している。つまり、億単位の画素数を誇るカメラは、センサーだけを見るならとっくに出来ている。</p><p>実は、5Dsが登場した時、最も懸念されたのが「ブレ」だった。空シャッターを切ると、それまでの機材とは異次元のショックの少なさを実感したが、それでも、使って見るとあに図らんや、ミラーアップをかけないとブレる。それまでには経験のない次元で、微妙な揺れが像に如実に出てきたのだ。</p><p><div class="rightbox"><a href="http://www.pictinas.com/tomilog/media/1/20180201-_t7_1138.jpg"></a><br /><span style="font-size:0.6em;">↑ 性能を上げれば、大きさや重量も必要となるが…</span></div><h4><b>レンズがキモ</b></h4>
<p>ミラーレスであれば、ミラーショックへの配慮やミラーアップといった対処は無用になる。つまり、解像度を上げるにあたっての障害が減る。とすれば、フルフレームミラーレスでの最大の目標は、超高精細ではないだろうか。</p><p>それは、噂の機材のレンズマウントにも垣間見られる。曰く、Rマウント。EFとは違うマウントのレンズを出してくるということは、設計基準解像度が違うレンズラインアップが用意されると考え得る。五千万画素までは既存のLレンズでも対応可だったが、その倍ともなれば、さすがに無理があってもおかしくない。だから、ラインアップが揃わない当初は、様子見をかねて五千万画素までのボディとし、Rレンズがある程度増え、フルフレームミラーレスが市場に受け入れられたのが確実となった段階で、億単位の世界へ飛び込む、という筋書きはどうだろうか。</p><p>何より、高性能のLレンズ群の巨体を見れば、それが1億画素のレベルに対応すればどうなるのか、一抹の不安は当然、つきまとう。キヤノンにはDOやBRといった軽量小型化のための技術も既にあるわけだが、やはりレンズこそが、一番のキモだろう。</p>
<h4><b>その時まで、どのくらいかかるか</b></h4>
<p>私は、案外早いと思っている。と、いうのも、中判大解像度機材のレンズラインアップは、相当にプアだからだ。</p><p>イメージサークルが大きくなれば、レンズも大きく重くなる。そうおいそれと揃えられるものでもないというあたりでは、価格面での悪循環が起きる。現実に売れる本数の少なさと、ゆえに高価になり、だが高ければ売れないという悪循環だ。それを、先ずは既存の解像度の世界からスタートさせ、ユーザーが未来を感じて投資を重ねてくれる中で、順次Rレンズを増やし、億単位デジタル写真の世界への布石とするのだと見れば、納得し易いのではないか。</p><p>最低限、広角と標準、軽望遠域までの四本…焦点距離で言えば、例えば12-24mm・24-85mm・85-135mm、それに200-300mmといったレンジでの超高精細対応のレンズが揃えば十分にスタートラインに立てるだろうし、案外、ズームで実現してくるのかも知れない。</p><p>解像度一億画素以下ではEFを使えて、それを越えればRレンズで、という対応は、実にスマートであり、時間軸面でも、移行が円滑になるのではないだろうか。何より、実際に一億画素を越える世界を必要とする人はそう多くはない…普通、先ず要らないのだが、だがそれでも、超高解像度、超リアルの世界には、惹きつける響きがある。</p>
<h4><b>そのついでに望むこと</b></h4>
<p>Rレンズで億単位の世界が開けるなら、一方でカメラ自体のみならずシステムとしても小さく軽いAPS-Cでも、より一層の高みを望みたい。マイクロフォーサーズでもライカレンズで数十万円なんだから、EF-Mにも、Lやそれ以上のクラスのレンズがあったって、良いではないかと思うのだ。やがて、APS-CのMながら一億画素なんて機材が……出るか出ないか。物事のあらゆる発展が、物凄い速度で加速している今、これまでのことを踏まえただけではもう、明後日は見えないのだ。</p>]]></description>
 <category>Photo</category>
<comments>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=460</comments>
 <pubDate>Thu, 30 Aug 2018 16:20:33 +1000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[EOS M50 (Kiss M) という選択]]></title>
 <link>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=458</link>
<description><![CDATA[万一のバックアップの意味も含めて、初代EOS Mをずっと使ってきたが、どうにも諸々、遅いだなんだって不都合を感じだしていた。特に、マクロレンズを使ったときのAFの遅さは、救いようがなかった。で、この際だからと4K動画の機能も含めて、消去法やなんかで、悩み抜いた機材選定だが…私の結論は、M50(日本ではKiss M)。<br />
<br />
比較した機材は、LeicaのAPS-CやFujifilmのX-E3、PanasonicのGX8など。いずれも4K動画対応で悪くはないが、手ぶれ補正機能のありようやレンズ選定、持っている機材群の中での位置づけと互換性などで、断念。一度使って見たかったFOVEONのSIGMAも、その巨体もあって諦めた。<br />
<br />
もうお分かりだと思うが、今回の選定では、値段を考慮していない。もちろん、システムとしてレンズごと導入せねばならない他社製機種は、キヤノンに比べて費用面では大幅に不利だ。それでも、一度は対象としてリストし、その上で熟考したかった。それほど、ここ1〜2年の変化は地味ながら、大きい。<br />
<br />
<div class="rightbox"></div><b>望遠側で10mm狭まった、軽い標準ズーム</b><br />
<br />
今回チョイスしたキットのレンズは、15-45mm。初代についてきたのが18-55だから、広角側で3mm広がり、望遠側で10mm短くなった。性能面ではテレ側の改善が大きいのだが、御利益は全長にも出ていて、収納位置で16.5mm短い。もっとも、フードが28mmだしボディも厚い上に前述の突起があるので、初代にHoocapをつけた状態で収まっていたケースには、入らない。重さでは210gに対して130gと、80g…割合にして38%ほどと、大幅に軽くなっている。<br />
<br />
撮っていてあと10mmと感じるシーンよりは、もうちょっと引けないかという悔しさのほうが大きいかも知れない。3mmと侮るなかれ。広角の28と24では、月とすっぽんほど違う。<br />
<br />
「元のレンズがあるなら、ボディだけ買えば」と思われるかも知れないが、そうは行かない。ベイブルーの初代はそれなりに気に入っているから、使える状態でホールドすると決めていたのだ。<br />
<br />
<b>なんちゃって一眼で居直られるのか</b><br />
<br />
届いたボディを手に取ってみれば、なるほど、思った通り軽く、ホールディングし易い。モニタで見て撮るしかないのではなく、しっかりビューファインダーを重要視したデザインになっている。<br />
<br />
だが、そのために犠牲になった部分は、実は最後まで気にくわなかったところ。つまり、ペンタプリズムがあるわけじゃないのに、軍艦部にファインダーが突出していることだ。これは、レンジファインダー風に処理しているX-E3とは全く逆で、その昔の揶揄表現で言う「なんちゃって一眼」で居直ったようなもの。レンジファインダー風が良ければM6を、ということなのは分かるが、M6では4K動画が撮れない。<br />
<br />
<div class="rightbox"></div>一方、備わるバリアングルモニタはすこぶる具合が良い。目一杯のローアングルなど、大きな筐体では成し得ない撮影がこの小ささで、手軽に叶う。これよりももっともっと小さな筐体でなければいけないなら、同時にかなりの機能を犠牲にしざるを得ず、その代表がSONYのRX0だ。それはそれでそれなりに、で存在意義はあるが、素直に広く使えるカメラである上での事とすれば、実に有り難く、G7Xのチルトタイプではできなかった使い方も叶う。<br />
<br />
では、なぜそのファインダーの突起が嫌か。理由の一つは、バッグ類にある。この突起のあるボディが素直に、俊敏に取り出せ、収められるカメラバッグやホルスターといったものが、おおよそ皆無なのだ。<br />
<br />
<div style="text-align: center"></div>
<br />
とても持ちやすく、とても撮りやすい。しかも、起動もAFも俊敏だから、あっと思って取り出せばすぐに撮影できる。でも、どこから…と。<br />
<br />
<div class="rightbox">
</div><b>ライトスクープが使えない</b><br />
<br />
ペンタプリズム様の突起部分内蔵ストロボがあると言われれば、んじゃあライトスクープも使えるのかと思って、装着してみた。すると、なんとアクセサリーシューに何かがついているというのを検知して、ストロボが発光しなくなった。検知できないギリギリのところで止めて、フラフラさせつつも押し込まなければ、GX200の時のように底に蓋をすれば、使える。だが、M50では名刺大の紙一枚を使ってやったほうが、よほど手っ取り早そうだ。<br />
<br />
そういえば、キヤノンはバウンスを自動化したストロボなんてのを先頃発表していた。あれも、あんなことを自動化して欲しいんじゃなけどなぁ、と思わされた。バウンスでの色温度調整をしっかりやってくれるとかって言うのなら、良いんだけど。<br />
<br />
この、ライトスクープのようなアクセサリを、メーカーが考えて出してくれたって良いよぉなもんだとすら思うけれど、難しいんだろぉね。フードすらつけない人が多いんだから、バウンスなんてしないよなぁ…ってことか。<br />
<br />
<div class="leftbox"><br /><span style="font-size:0.8em;">±ダイアルは、ない</span></div><b>M50ではなく、Kissシリーズ</b><br />
<br />
日本国内では、KissシリーズのミラーレスになってしまったM50。販売戦略上のネーミングだろうが、これも、還暦の男性として買う上での心理的障壁だったのは、正直に言っておこう。そして、その位置づけ故だか何だか知らないが、PowerShot G7Xですら上面ノブで出ている露出のプラスマイナスが、二段操作。これは、減点100といいたいところだ。マニュアルモードがあるにはあるが、絞り環とシャッターダイアルという馴染みの動作ではいじれない。そんな面では、Leicaは「さすが」だ。もっとも、Leicaでは、イマドキのデジカメにつきそうな手ぶれ補正機能が、APS-C版でも備わらない(OISを備える、高価なズームレンズが二本あるだけ)。<br />
<br />
こうなったらあとはもう、じきに発表されて、来年にも発売されるんだろうフルサイズミラーレスにも期待したいが、APS-Cミラーレスというのは、マイクロフォーサーズにも似て、小型軽量・高性能のカメラを得るには良いセンサだろうと、そう思っている。フルサイズにすれば、自ずとレンズは大きく重くならざるを得ない。イメージサークルが小さくて済むAPS-Cにはだから、全体に小さく軽く、それなりの意義があるのだ。<br />
<br />
それにしても、まさしくミニチュアデジイチのような、M50。使い込んで行くのはこれからだが、果たして私にどんな使い方を思いつかせ、成果をもたらしてくれるだろうかと、実物を入手した今、期待している。]]></description>
 <category>Photo</category>
<comments>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=458</comments>
 <pubDate>Sun, 19 Aug 2018 17:30:37 +1000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[ドラレコへの不満]]></title>
 <link>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=456</link>
<description><![CDATA[<p>最近、あおり運転だの何だので騒ぎがあって、ドライブレコーダーが爆発的に売れているという。だが、以前からつけて使ってきたおかげで、私なりにドライブレコーダーへの不満や要望を抱くようになって…</p><p>買い換えきれずにいる。その、買い換えを躊躇わせている幾つかの要素を、整理して記してみよう。</p><div class="rightbox"><br /><span style="font-size:0.6em;">丸二年以上使っている、Rexing V1。<br />良い品だが、ピカソではラジオにノイズが発生した。</span></div><h3>1. 固定方法</h3><p>先ず、いつまでたっても吸盤でくっつける製品が「多すぎる」。吸盤での装着では、必ず、落ちる時がくる。それが停車時など運転の邪魔にならない時ならばまだしも、走行中ならば集中力は殺がれ、視界も邪魔される。ゆえに、臨時の、かなり短時間の利用でない限り、吸盤での装着では駄目だ。</p><h3>2. ダッシュボードの映り込み</h3><p>画角が広いのは良いことだが、ダッシュボードのてかりがフロントガラスに反射して、画面に写る。これを防ぐには、フロントガラスと密着させて周辺の映り込みを切る、フードのような仕掛けが要る。既存のものでもフードのようなアクセサリを考案すれば、ある程度は防げるようになるだろうが、手っ取り早いのはレンズ周辺をフロントガラスと密着させることだ。ドライブレコーダー本体とレンズ部分をピッタリ、両面テープで固定するような製品が、望ましい。</p><h3>3. 電源ノイズ</h3><p>フルセグやワンセグの受信に影響が出たり、ラジオの受信能力に影響するなど、電源からの影響が小さくない製品は、存外に多いようだ。私も、シトロエンピカソの時には、ラジオの受信に問題が生じた。この課題は車種にもよるから、尚更対処は難しいだろうし、ノイズ対策にはコストもかかるだろうが、真面目に取り組んで欲しいところだ。</p><h3>4. 後方監視</h3><p>あおり運転が問題となったことから、後方も撮ってくれたらという願いを持つ人が増えたのではないだろうか。幾つか、前後を同時録画する製品もあるにはあるが、後方カメラの画質が前方カメラに比べて劣るものばかりだ。</p><h3>5. 駐車監視</h3><p>車にいたずらをされたり、当て逃げされたりするのを考えて、駐車監視機能が欲しいという方も多いだろう。だが、電源を常時与えない限り、振動や動きを検知して録画を開始する、そのトリガーのためのセンサが働けない。そして、その常時電源は、言う迄もなくバッテリー負荷になる。もし、駐車時監視・撮影機能のための電源が太陽電池と充電池から供給される電源で賄えるなら、ややこしい配線の手間はなくなる。カメラを長く動かし続けるのが苦しくても、振動センサだけ生かすのなら、既に十分賄えるだけの材料や技法はあるだろう。</p><h3>6. 画質</h3><p>fullHDまでは、やってきた。だが、4Kはまだ、極めて少ない。ドライブレコーダーなるものが出現し、それがfullHDになるまでは着実だった発展が、ここにきて「これで十分だよね」という感じで止まっている気がする。なぜ4Kが望まれるかといえば、必要な部分を拡大する場合の鮮明度が違うからだ。</p><h3>まとめ</h3><p>ドライブレコーダーという商品は、新しいメーカーを生みだし、或いは既存のカー用品メーカーにチャンスを与えた。一方で、不思議なことに大メーカーはあまり、製品を出していない。ナビなどと連携させるカメラをのぞき、名だたる大企業で出しているのは、HPとケンウッド、おまけでユピテルくらいではないだろうか。SONYやPanasonicは多くのメーカーにセンサを供給してはいるが、自社製品は作っていない。自ずと、製品を選ぶにあたって、ブランドで選ぶのに限界が生じる。</p><p>聞いた事もないブランドの製品を、品質は値段相応だろうと信じて選ぶのには、抵抗がある。だから、多くのwebページを閲覧し、或いはYoutubeの動画をチェックして、これならという一つを探す。でも、最後には疲れて、もうこれで良いだろう、となる。カー用品店に販路をしっかり持つブランドが、装着サービスも視野に入れると、最強だろうとも思える。</p><p>だが、万一の場合の証拠能力など、重要な意味を持つドライブレコーダーだからこそ、本当に良い製品であって欲しいと思う。メーカーがニューフェースだろうが老舗だろうが、或いはどこの国の製品だろうが、そんなことはどうでも良いというほどに、本当に良いものが欲しい。廉価な、防水ですらないアクションカメラを吸盤でぶら下げて「ドライブレコーダーでござい」のような製品じゃあないものが。</p>]]></description>
 <category>Vehicle</category>
<comments>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=456</comments>
 <pubDate>Thu, 3 May 2018 11:48:28 +1000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[改めて、レンズで選べば35mmフルサイズ]]></title>
 <link>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=450</link>
<description><![CDATA[<p>コンパクトデジカメがスマートフォンに圧されるデジカメ市場だが、高性能製品群は好調らしい。そんな中、気を吐いているのはミラーレス中判の、フジフィルムとハッセルブラッドだ。センサの受光素子一つひとつの面積が大きくなるので、それだけ画質が良いという。</p><p>もちろん、原理的にはその通り。35mmフルサイズ5000万画素よりも、一回り大きな5000万画素のほうが、一素子の面積は広がる。だから、フォトンを多く捉え、より豊かな画質、より広いダイナミックレンジとなる…筈だ。</p><p>ところが、そこには一つ、大問題が潜んでいる。それは…</p><p><b>レンズである。</b></p><h3>大は小を兼ね得ない</h3><p>言うまでもなく、センサが大きくなれば、より広いイメージサークルを持つレンズが必須となる。一方で、フィルムの昔でも、大判カメラに使うレンズは35mmに比べて精度で劣っても良いんだと割り切ったレンズは、あった。この理屈から、センサ側に注力してレンズはある程度のところで割り切る、という考え方は、一応成り立つ…というか、同じ画素数なら中判のほうがメッシュは粗いのだから、分解能は低くて済む。ゆえに、中・大判用レンズを35mmで使っても、思ったような性能は出ない場合が少なくない。</p><p>もちろん、そんな理屈を吹き飛ばす高性能レンズは確かに、当然、高価で巨大だが。ある。だが、カメラには幾つかの求められる要素がある。機動性や速写性、携帯性に頑丈さ ─ そして、「レンズの選択肢」だ。</p><div class="rightbox rgt"><br /><span class="ssml">200-400の、性能とバーターの「巨体」</span></div><p>写真フォーマットが巨大になるにつれ、カメラ全体の要求要素の幾つかは、バーターで失われる。スタジオに据えて撮るだけだったり、必ず車で移動できる、或いは荷運びのアシスタントがいるといった条件が、そのバーターで損なわれる面を埋め合わせする場合もあるのだが、レンズの選択肢だけは、どうしようもない。建築物という被写体があるおかげもあってか、広角系は比較的充実しているが、望遠系は限度があり、超望遠など望みようもない。</p><p>私は、大昔にマミヤRZ67を使っていた時期があり、その頃には500mm望遠レンズも持っていた。だが、500mmといってもそれは、レンズをマウントでは支えられず、サポートプレートが要るほどの大きく重たいレンズながら、望遠としては実質、35mmの250mmにも及ばない。もし、6X7版に1000mmなどというレンズを望んだらどんな結果になるか、推して知るべし、だ。</p><p>つまり、撮像素子が大きくなれば、より大きなレンズが必要となるが、その一方で、それに期待されるであろう性能を得るのは存外に難しいのだ。おまけに、市場性は35mmほどではないから、自ずと量産効果は低く、価格はより高くならざるを得ない。例えばあのサンニッパ、EF300mm f2.8Lなどの巨体と価格を考えてみると、良く分かる。35mm用ですら、性能を上げればあゝなるのだ。</p><h3>運命の分かれ道</h3><p>もし、35mmフルサイズまでのセンサをより良く作れるなら、自然の道理におもねる中判化よりも合理的に、懐の広い世界が築かれる。35mmフルサイズでは敵わないPhase OneやLeafといった100メガピクセル級は別として、今のセンサの性能を上回るのを待っていられないのなら中判というのが一つの道で、資金力がある上に、得られるレンズの範囲に自分の望む表現が収まっているのであればそれで良いのだが、望む表現が得られなくても敢えて中判を使うのは、違うだろう。</p><div class="leftbox"></div><p>ピクセルピーピングで画像を強拡大して見たり、意地悪くシャドウを持ち上げてみるなどすれば、アラも出る。しかし、普通に見るという本来の目的において、現在の35mmフルサイズとデジタル中判の間に、どれほどの差があるだろうか。私には、確かに違うとはいえ、別世界だというほどにその差があるとは思えない。但し、それは例えば、35mmの5000万画素において求められる分解能を有しているだろうレンズを使うから、でもある。</p><p>この、レンズ分解能の限界は、2000万画素を越えたあたりに一つの閾があるように思う。と、いうのは、それまで「良い」と思っていたオールドレンズが、2400万画素になった途端に「駄目ダメ」となったからだ。このレンズ側の閾を越えずに5000万画素を得るには、だからセンサを動かしてヴァーチャルにセンサ面積を広げたような状態にするか、センサを中判化して新たにシステムを構築するしかない。だが、レンズ性能が有り余るなら、35mmでも良いわけだ。</p><p>フィルム時代にはもともとの版の違いと印刷などのニーズから、それは二重投資ではなかった。だがそれは、製版する上で6X7版なら直接一回で大きなポスターにできるものが、6X4.5以下では複数回の拡大になるから。或いは、大伸ばしのプリントで優位、といったことだった。おまけに、フィルムの単位面積で考えた時、粒状性が35mmと120/220や4X5で大きく違うわけでもないのだから、原版の大きさにあぐらをかいた駄目レンズを除いて、自ずと大フォーマットが優位になった。もっとも、これを克服する手法もあって、拡大デュープをワンステップ噛ませれば、フィルム次第であはるが、35mmでも互角に持ち込むのは可能だった。</p><p>ところが、デジタルでは画素数が多ければ拡大利用への第一目標は果たされるわけで、残る差異は撮像素子一つひとつの大きさに基づくという色の豊かさや、ダイナミックレンジの広さ。見る側にそれだけの色の豊かさやダイナミックレンジの広さを伴う少しでも良い写真を提供する、そうした目標が必須の被写体が対象なら、もちろん値打ちはあるし、恐らく、その場合の対象は前述の超望遠など不要のジャンルだろう。また、綺麗だと感じる画像にありがちな色飽和から逃げがたいという現実を見ると、商業印刷を前提とした色飽和の課題は、今日、果たしてそれほど重大なのだろうかとも思う。無論、飽和せずそこにディティールを抱いていては欲しいが、色空間についてはむしろ、HDR対応のモニタが増えている今、より広い色空間を再現できるモニタなどを前提にして考えても良いのだろう。</p><p>つまるところ、道具の収集という趣味ではなく、様々な目的・用途から適切な機材を選定し、望みが叶うように投資するのが買うべき道具を得る道だとすれば、間違いない。そこを間違えると、今の機材群ではまだ、下手をすれば35mmと中判の二重投資になりかねないように思えるのである。</p><h3>その機材だけでなく、システム全体で見る</h3><p>例えば、こうだ。中判を据える世界を選ぶなら、それを補う機材をAPSサイズやマイクロフォーサーズにする。そうすれば、中判に十分な投資をしつつ、なおかつそれを補う機材の費用や、運搬の重量と荷の大きさをセーブできる。</p><p>もし超高性能レンズの選択肢を、特に超望遠を含めて選ぶなら、35mmフルサイズ。中判に二重投資したつもりで、思いっきり良いレンズ群を選んで、気長に揃えて行く。いつかそのうち、撮像センサの性能が現在の中判の意義を吹き飛ばすようなものになっても使えるように、だ。それは、そう遠いことじゃないように、私には思える。</p><p>もちろん、全部あってニーズに合わせてとっかえひっかえできるなら、それに超した事はない。けれども、資金力の問題を抜きにしても、移動しての撮影を考えると、持ち運ばなくてはいけない機材に、それぞれの条件での制限がかかる。そこを、どう割り切れば、望むような世界を写真として収め得るか。そう、妥協を知らないプロとか言うけれど、案外妥協だらけで、それでも、その妥協点そのものがちょっと高い位置にある、ということだ。</p><p>標準的なレンズ一本、或いは広角専用機のノリで、とにかく固定した機材での一本勝負という世界も、もちろんあるだろう。そういう写真を撮る方には、それで十分満ち足りている。だが、そうでないならば、その機材だけで収めたシステムではなく、より広く捉えたシステムを見据えた方が良い。</p><h3>今再び、レンズで選べば</h3><p>その昔、FD300mm f2.8Lが一世を風靡した頃は、「<b>レンズで選べばキヤノン</b>」と断言される程だった。レンズで選べばキヤノンの時期は存外に長く続いたが、ニコンも電子マウント化され、何時しか、それほどの強い表現は耳にしなくなった。</p><p>だが、例えばEOS 5Ds/5DsRで5000万画素以上の画素数も得られる今、<b>改めて、レンズで選べばキヤノンと言いたい</b>(もし私がニコンユーザーなら「ニコン」と言うだろうけれど…)。なぜなら、その最大画素数モデルのそれはほぼ、フジやペンタックスの中判そのものだからだ。Phase OneやLeafといったデジタルバックを使うならばまた、違う話になるのだが、少なくとも5000万画素級を一つの目安にレンズ選択肢を見た場合、その軍配は35mmに上がる。センササイズが35mmよりも大きなカメラに、イメージサークルでそれを前提としていない35mmフルサイズ用ののレンズを使うのはまず論外なのだから、自ずとレンズシステムの豊かな側に軍配が上がるのだ。</p><p>では、ハッセルブラッドやフジがなぜ今、中判のミラーレスに出てきたのか。その答えもやはり、レンズだろう。ペンタックスはミラーボックスを抱えたがゆえに、専用レンズしか使えない。その縛りであるフランジバックをなくせば、基本的にはあれもこれも使い放題となる。電子マウント・電子絞りだから、プログラムの制約で他社レンズでは「絞れない」という縛りがつくが、自社がこれまで出したレンズには互換性を保てる。だから、旧製品ユーザーを惹きつけやすく、様子を見ながらやって行ける。中判だからこそ、分解能の余地が出て古いレンズが活かせる ── これは、35mmでのオールドレンズで出てきた24メガピクセルの閾にも通じる。恐らく、例えば100メガピクセルを越えるなど、ある閾値以上になればより高性能な専用レンズが必須となるなどするはずだし、それは、そのレベルに達している機材を見れば、分かる。</p><p>結論を言えば、今この時の落としどころは、35mmフルサイズ相当のセンサでの大画素数とならざるを得ない。中判フォーマットをレンズを含めたシステムとして切り開くのは大メーカーとて容易ではなく、一方で使う我々の側は、ロードマップが出ていたとしても、それを待ってはいられないのだから。<p>]]></description>
 <category>Photo</category>
<comments>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=450</comments>
 <pubDate>Fri, 2 Feb 2018 07:41:39 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[カーオーディオとスマホの接続通話]]></title>
 <link>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=446</link>
<description><![CDATA[昔はさほど気にならなかったのだが、最近、車のオーディオの音が、車外で妙に大きく聞こえるように感じている。<br />
ドアにスピーカーを仕込んだ車が大半で…スピーカーの裏側に吸音材がないなど、いろいろ理由･原因はあるのだろうが、異様に大きく聞こえるのは、どうしたことか。<br />
<br />
まぁそれでも、走行中のラジオなどからの音楽や放送の類だけなら、まだ良い。呆れたことに、実は携帯電話の通話が外に、まるで拡声放送しているかの如く聞こえてくる車があるのだ。<br />
<br />
ご本人は懸命に、電話で仕事の話をしていたり、彼女と盛り上がっていたりするようだが、外で聞くには嬉しくない。車の静粛性が高まっているから、尚更なのかも知れないが、特に、静かな住宅街を散歩していて聞こえる仕事の電話らしき会話など、完璧に騒音だ。<br />
<br />
これは、WiFiやBluetoothでスマホなどがカーオーディオと接続できるようになり、カーオーディオを利用して通話ができるからで、ながら運転の危険性からすればベターなのだろうが、さて、その会話が外に筒抜けですよと、どれほどの方が気付いておられるだろう。<br />
<br />
あれほど外に音が漏れるのは、ドアが密閉物ではないとはいえ、密閉エンクロージャーとして機能していないどころか逆位相の共鳴板になっているようなものだろうから、良いわけはない。カーアクセサリで背面吸音材も出ているようだけれど、それで収まるレベルだとも思えない。<br />
<br />
軽量化やコストダウンで、その部分のオーディオとしての構造を無視していたりもするのかも知れないが、少なくともカーオーディオと接続しての通話時、特に、誰にも聞かれたくない電話なら、周囲に気をつけた方が良い。車との接続通話は、場所を選ぶのである。]]></description>
 <category>Vehicle</category>
<comments>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=446</comments>
 <pubDate>Mon, 6 Feb 2017 13:10:52 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[またも出てきた「ハイビームデフォルト論」に異議]]></title>
 <link>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=444</link>
<description><![CDATA[<p>讀賣新聞が「ハイビーム使用を…横断死亡96%が「下向き」」と題して、ハイビームの積極使用を警察庁が呼びかける報じた。これは、朝日新聞が以前掲載したハイビームデフォルト論にも関連する話題だが、ここで、ハイビームかロービームかを安易に事故に結びつける危険性を説いておきたい。</p><h3>なぜ明るくなったのか</h3><p>現在のヘッドライトの基準は、最高光度の合計で22万5,000カンデラ。最低は光度測定点で64,000カンデラ。車検は、基本的に「すれ違い前照灯で行われる」。「測定が困難な場合」を除いて、ハイビームは測定されない。</p><p>ではなぜ、ハイビームはそんなに明るくても良いことになったのか。前述の最高光度22万5,000は、欧州基準に併せたものなのだ。この明るさは…</p><blockquote><ol><li>走行速度の基準を 180km/hとすると、停止距離は 245ｍ。反応時間を 3/4秒とすると、その間に38ｍ走っているから 283ｍ。ブレーキの作動状況によって距離は10〜20ｍのびるなど、制動距離を 300ｍ必要とする。</li><li>制動距離を 300ｍとすると、安全走行のためには 600ｍ前方で道路が曲がっているなどを見いだせることが必要である。</li><li>障害物を発見するための最低照度を2ルクス、はっきりした確認をするには4ルクス必要とする。</li><li>なお、視認性を悪くしないため、前方50ｍから 300ｍまでの明暗の差が大きくならないこと。</li></ol><p>結論として、望ましい最高光度は2灯合計30万カンデラとされたという。</p><p>単純に、制動距離とした 300ｍ先を4ルクスの明るさで照らすには36万カンデラの光量が必要だという計算になる。</p><p>ところが当初30万カンデラとした規定は、最終的に22万5000カンデラに落ちつく。22万5000カンデラは 300ｍ先を 2.5ルクスで照らす光量である。</p><p style="font-size:0.7em;">＊伊藤幸司のパーツうんちく学【4】ヘッドランプの巻────1989.2 <a href="http://ito-no-kai.la.coocan.jp/300_index/316_auto-mechanic/890200_auto-meca04_lamp.html">http://ito-no-kai.la.coocan.jp/300_index/316_auto-mechanic/890200_auto-meca04_lamp.html</a> より引用</p></blockquote><p>といった経緯で決められている。つまり、時速180kmで走っていて600m前方の車が発見できるかどうか、で論じられており、決して、市街地の走行を想定してなどいないのは、明らかだ。</p><p>距離の二乗に反比例する光は、100m先を10luxで照らすには、10万カンデラあれば事足りる。ところが、現行法はその倍以上の照度を規定している。それは、高速道路での安全走行を前提にしたからだし、海外からの規制撤廃圧力もあって、基準を改定してきたからだ。なんせ、昔のヘッドライトは「あんどんライト」と揶揄するほど暗かった。</p><p>あんどんライトで良いとは言わないが、明るすぎるのもよろしくない。最大の欠陥は「眩惑」だ。</p><h3>人間の目の順応</h3><p>おおよそ、道路は平らなところばかりとは限らない。昇りの端で信号停車した車のヘッドライトは、下向きであっても、反対側で信号待ちをしている車のドライバーの目を射る。そうすると、ドライバーの虹彩は閉じ、しばらく暗視力を奪われる。信号が変わったからとそのまま発進する。直進ならばまだしも、左折だとそこには横断歩道が待ち受けているのだが、さて、ヘッドライトが照らしていない、照射範囲外から来る歩行者は、果たして見えるだろうか。</p><p>すれ違った車のヘッドライトに眩惑された場合も、そうだ。対向車のヘッドライトに眩惑されると、自分が直進している比較的暗い行き先は、かなり見え辛くなる。だから、対向車があれば必ずすれ違い前照灯、つまり「ロービーム」を使う。都市では対向車だらけだから、ハイビームに戻している暇は、まずない。</p><p>付け加えるなら、歩行者も眩惑されて、しばし見えずに歩けなくなることもある。つまり、基本的にまず、明る「すぎる」ヘッドライトというだけでも、あまり良いことはない。なぜか。</p><p>人間の視力にも、写真のような「ラチチュード」(寛容度)があり、実は、それは写真よりも狭い。明るいところ、暗いところで、それぞれに順応するのですら、ちょっと間を置くのは誰でも、映画館の出入りなどで体験しているだろう。だが、運転している時に、そんな順応を待っている暇はない。だから、「明暗差が少ないことが、結果的に夜間でもより広い範囲が見える状態」となる。</p><p>街灯などにしても、明るすぎるそれが広く間を開けて存在すると、シマウマ状態で暗いゾーンができるのだが、これが良くない。例え暗い灯りでもムラなく暗いほうが、人間の目は順応するので、物事が見えやすいのだ。</p><h3>高齢者の目は、順応速度が遅い</h3>さらに、高齢化という要素もあるだろう。明暗への順応に要する時間は、加齢とともに長くなる(<a href="https://www.npa.go.jp/koutsuu/kikaku20120402/sansyo.pdf">"警視庁資料 P90</a>)。高齢のドライバーが増える、イコール、目の順応能力が劣化したドライバーが増えるということは、暗がりの歩行者が見えなかった結果起きた可能性のある事故の増加と、無縁ではないだろう。では、それはハイビームにすれば解決されるのか。答えは、否。ハイビームにしたところで、照射範囲外 ─ 例えば、歩道が暗いとしたら、そこから出て来る歩行者はヘッドライトが照射する範囲に入ってくるまで、結局は「見えない」のである。</p><h3>なぜ、車のヘッドライトが下向きで事故が増えるのか</h3><p>では、なぜヘッドライトが下向きのほうが事故率が高いのか。私は、実際自分が体験するからでもあるが、自動車のヘッドライトが明るくなり過ぎたために、明暗差が広がり、暗いところが全く見えなくなっているのだと推察している。対向車のハイビームが目に入ろうものなら、それはもう、一瞬は完全にブラインドドライブである。なにせ、対向車のドライバーや歩行者は、高速道路を180km/hで走ることを考慮した「300ｍ先を2.5ルクスで照らす光量」。こっちはそれで、目を射貫かれるのだ。</p><p>ヘッドライトをハイビームにしていれば、歩行者を発見できたかも知れない。それ自体を否定するわけではないが、ロービームでも周囲と明暗差が小さいなら、暗がりの歩行者も見える。だが、明る「すぎる」ロービームのピークに順応した目には、暗がりの歩行者は見えない。</p><p>今回讀賣新聞が取り上げたのは、横断中の歩行者の事故に絞った結果からの話。同記事は信号云々には触れていないし、それが横断歩道であるかどうかも分からない。だから、夜間、とにかく暗いであろう歩道なり脇道から、車が走っている道へ歩行者が横断しようと出てきた場合、と想われる。だが、ヘッドライトがハイビームで遠くまで明るかったとしても、暗い影にいる歩行者はやはり見えない。例えば、中央分離帯の木の陰にいる歩行者。経験で、横断歩道でないところを渡ろうとする歩行者が木の陰に潜んでいるのを発見したのは、一度ではない。あるいはまた、例えば左折時の手前から渡る歩行者。ハイビームが照らしているのは、全く関係のない、信号停止している車のほうだ。</p><p>余談だが、真っ正面でも、見えないことはある。真っ暗な冬の歩道のない道で、学生服に黒いスニーカーの学生が歩いている。これは、ロービームではたしかに見えない。路面が濡れて黒ければ、尚更だ。だが、ハイビームでこれが見えるようになる「かも知れない」のは、進行方向(つまりハイビームの照射範囲)にその学生服の人物がいて、なおかつ「顔が見える」(顔は真っ黒じゃない)、或いは、白い雑嚢カバンか何かが見えた場合。あの黒い学生服は、とても危ない。脚に、反射テープをガードルよろしく巻いてくれないものだろうか、とすら思う。</p><h3>眩惑を防ぐのは、明るくするのとイコールではない</h3>曲がる方向を向いて照らすヘッドライトは、大昔にシトロエンが備えたが、日本で認められなかった機能だ。今ではそれも認められ、スバル車も備えるようになったが、基本的には、そんなものは備わっていない。では、どうすれば眩惑を防げるか。暗がりをなくしたり、眩惑しないようにハイビームが使える状況を厳格にしたり、停止車両のヘッドライトは消灯し、信号停車が長引く場合はブレーキランプの照度を落とす、といったことが、眩惑を防ぐ手だ。決して、ただ明るくするのが解ではない。</p><p>明暗差を縮めるにはさらに、シャープにカットされるヘッドライトではなく、境目がそこそこ曖昧なライトにする手もある。ちょっと前までは、ヘッドライトのカットといっても、今時の車ほどには切れていなかった。今はとてもシャープに上が切れていて、ぼんやり漏れる光がない。だから、明暗差は大きくなり、必然的に暗がりを見る視力は失われているのである。</p><p>環境をを明るくするのも、手だ。但し、ここで言う「明るい」は、照明の意味ではなく、壁や道路の「色」だ。存在する様々な灯りの役割を助けるように、反射率の高い色を多用するだけで、環境はかなり明るくなる。</p><div style="text-align:center;">◇◇◇◇◇</div><p>あれこれ書いたが、一番簡単な基本は、人が横断歩道以外の場所を渡ったり、道路に寝ていたりしないこと ─ 車と人が隔離されているバリアーを超えるものは、救いようがない。</p><p>この件では、自動車の基準の側は、様々な事情から明るくあかるくなってきたのに、道路交通法はその変化は考慮に入れず、昔のあんどんライトの感覚でハイビームをデフォルトとしたままだという問題がある。それが、今度はこれを呼びかけてゆくというのだから、思慮に欠けていると感じざるを得ない。私には、それでは恐らく事故は減らない、としか思えないのだ。</p><p>なくさなくてはならないのは闇夜の烏であり、減らすべきは明暗差だ。ハイビーム使用は決して、この件の解ではない。</p><hr /><p style="font-size:0.8em;">讀賣新聞記事 「ハイビーム使用を…横断死亡９６％が「下向き」」<a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160921-00050003-yom-soci">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160921-00050003-yom-soci</a></p>]]></description>
 <category>Vehicle</category>
<comments>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=444</comments>
 <pubDate>Wed, 21 Sep 2016 14:58:26 +1000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[早まる自動運転化と、その先]]></title>
 <link>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=442</link>
<description><![CDATA[<p>日本政府が、2020年には高速道路での自動運転を実現し、2025年ごろには人間が運転に関与しない完全な自動運転車の販売を始める目標を掲げているのは、ご存じの通り。今日 ─ 2013年9月13日、経済産業省がこの目標を前倒しし、市街地などの専用レーンでのバスの自動運転にいたっては、2020年より前に始めたいとしている、と報じられた。</p><p>実は、自動運転になって行くのは…ものの必然なのだ。なぜなら、今の自動車は人を殺めることも可能な道具であり、使うにあたっての責任が重すぎるから。この考え方は、昔、我が子を亡くされ、自動車免許制度は違憲であると訴えていた方の話をNAVIという雑誌で読んで以来、私の脳裏に刻まれている。人を殺めることもある道具が、ただの操縦する喜びだけのために、制約を受けずに放置されて良いはずはなかったのだ。</p><h3>自家用車の意味</h3><p>では、人間から移動に用いる道具を取り上げ得るか。それは、否だ。取り上げられるのは、その技能や認識が人によって大きく違いすぎる、運転という行為。そしてそれでも、移動の道具としての個人所有の自動車は残り、決して、公共交通機関やライドシェアリング、カーシェアリングなどばかりになることはないだろう。</p><p>人は、自動車を「思った時に、望んだ区間を、好きなように移動する」ために用いる。「いつでも、どこへでも、どのようにでも」、つまり、ライド・オン･ディマンド。そこには、時刻表に制約されず、予約も要らず、自分以外の要素に左右されることなく、しかも、適度なプライバシーを保って移動が叶うというような、多くの意味が含まれる。しかも、同時にその道具は、自己表現でさえもある。どのメーカーのどんな車を所有しているのか、は、ある程度その人を表してもいるし、カスタマイズするなら、尚更だ。</p><p>だから、例えば「自動運転の無人タクシーがあるなら自家用車は要らない」というのは、ちょっと違う。自家用車の中は持ち主の家のような空間であり、望むものが載せられている。自分たちではどうにもならない時間という資源を節約しつつ、有意義に過ごすためには、他人とシェアする要素を削ぎ落とし、自分の勝手が叶うようにすれば良い。そこに、自家用車の存在意義があり、所有する価値がある。公共交通機関の利用は、時刻表通りに動いたとしても、それは他に頼った移動であり、他人と乗り合わせるためにプライバシーが損なわれる。そこまで譲って利用していながら、万一チカンといった冤罪を着せられるなどするリスクさえあるようでは、自動車との比較選択肢ではない。</p><h3>責任の所在が鍵</h3><p>自動運転に切り替わって行く過程で、最大の閾になるのは「責任の所在」だろう。自動運転ではない今でも、自家用車の事故で怪我をしたり命を落としたりするのは、例外はあるにせよ自己責任であり、公共交通機関の事故のような「他人のせい」ではない。自動運転化で、さらに運転者が負っている重たい「操縦の責任」がなくなるなら、誰が日常的に自分で運転するだろうか。万一事故を起こしてもメーカーや道路管理者などに責任があるとする自動運転車と、運転者がその責任を担う自動車なら、誰もが前者を選ぶのは自明のこと。ようやく、自動車は文字通りの「自動」車になる。</p><p>メカニズムとしては、既に大半の要素は自動化が叶っている。残る課題は最終的なそれらの連携であり、完成までに最も遠いのは、トリガーとなる人間とのインターフェースだろう。ボイスコマンドでは、うっかり口にしたことがとんでもない挙動につながるかも知れない。安易に触れられるスイッチでも、ミスタッチは起きるだろう。さて、どのようなインターフェースが望ましいだろうか。ナイトライダーのナイト2000のように、気の利いたコンピュータ頭脳が搭載されてくれたとしても、人は、時にはそれをうっとおしいと感じるかも知れないから、難しい。</p><h3>それで世の中、どう変わる</h3><p>さて、もし人間が責を負わない自動運転車になったとしたら、その後、世の中はどう変わるだろうか。最も変化が大きいのは、飲食業業界かも知れない。まだ酒酔い運転に世が寛容だった時代、車で乗り付けて呑むという人たちは、決して少なくなかった。呑んだら乗るな、が当然でありながら、人はリスクを知りつつ寛容であり続けた。その行為が厳しく禁止されて以後、飲食店業界、特に、呑むのが当然のジャンルでは、大幅な客離れに見舞われてきた。徒歩圏内を市場とするなら別なのだが、移動の苦労を伴えば必然的に客足は遠のく。それが、例え酔っ払っても、乗れば勝手に家に帰ってくれるようになる。自家用車の中なら、他人に醜態をさらすこともない…と思うと、何やら想定外のとんでもないことをしでかす輩が出て来そうな気がせんでもないが、まぁとにかく、呑んでも乗れる、は劇的な変化だ。</p><p>自動運転車側に責任が転嫁されるなら、運転手という職業も、なくなる。無人で全てが動くのだから、要るわけがない。だが、車掌や客室乗務員といった仕事は、残り得る。整備士なども、搭乗するわけではないにせよ、なくなりようはない。</p><p>そうなった時点での、車の評価基準はどうだろう。挙動や乗り心地、静粛性など…総じて、居住性とも言えるそれらは、とても大きなファクターになる。燃費や無補給走行可能距離も、外部と接触せずに移動を叶え得る最大距離とコストだから、重要。一方で、パワーやブレーキといった性能は、居住性を語るための副次的要素となる。何馬力アップしたなどということはどうでも良く、「今度のコンピュータソフトのアップデートでは、より円滑な加減速･制動を実現しました」といったことがウケるわけだ。</p><div style="text-align: center"><p>◇◇◇◇◇◇</p></div><p>つまるところ、人類が上手にこの変化の潮流を渡りきるなら、その変化は「モノからヒト」だとも言える。モノに関わる時間が節約され、ヒトと関わる時間が生まれるからだ。或いは、機械の操縦から開放されることで発生する時間を、文化的に活用できるようになる、とも言える。もっとも、それもヒト次第であり、寝てばかりいるようなら、人類はより怠惰な存在になりかねない。果たして、自動運転の社会で人類が得るのは、繁栄だろうか、それとも衰退だろうか…。</p>]]></description>
 <category>Vehicle</category>
<comments>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=442</comments>
 <pubDate>Tue, 13 Sep 2016 08:50:27 +1000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[ドライブレコーダーの泣き所]]></title>
 <link>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=440</link>
<description><![CDATA[現在入手できるドライブレコーダーの泣き所は、二つ。一つは、他の電波利用機器への影響の有無を確認する術がないこと。もう一つは、あの巨大でヘタると落ちてくる吸盤などのマウントの大きさだ。これまで三回、人柱よろしく「格安ドラレコは使えるか」と題して記してきたが、実は、どうにも納得の行かない状態になっている。それは…三回の最後で導入したRexing V1で、画質などは文句ないのに、FMラジオの受信に影響してしまったことだ。<br />
<br />
7〜8kmほど離れた西宮市にあるさくらFMという出力20WのコミュニティFM局の放送を聞きたいのだが、カバレッジエリアの端ぎりぎり。フェライトコアを電源ケーブルに取り付けても、改善しなかったこの障害は、Rexing V1の電源を抜いてオフにすれば聞こえるので、原因となっているのがRexing V1なのは確かだ。(<a href="#add1">7月16日追記</a> | <a href="#add2">7月17日追記</a>)<br />
<br />
もし、自分でこれ以上の対策を施すなら、できるのは本体を開いて筐体内部に銅箔などを貼って、キャビティで遮蔽するくらいだろうが、あの小さな筐体を開いてどうこうするというのに、どうも躊躇してしまう。なんせ、一回目のドラレコ、USK-DVR01-1080Pの液晶を割ってしまった、我ながら情けない不器用さだ。<br />
<br />
だからって、他の製品を見たところで、FCCなどの規定に準拠した品だとかというのが果たして、本当にそうした影響に配慮した意味なのかが、また分からない。と、いうのも、英語・日本語を問わず、www上にあるドライブレコーダーの評価記事は、画質や画角を云々するばかりで、ノイズにまつわる記述が皆無なのだ。せいぜい、FCCなどの認証を得た製品でワンセグに干渉したというような話がある程度。大丈夫だというカスタマーレビューなどがあっても、それがイコール私が困っている微弱FMラジオの受信障害について問題ないという意味ではないことは、Rexing V1で体験済み。<br />
<div class="rightbox"><iframe src="http://rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?t=pictinasadmn-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B01AN67M24&ref=qf_sp_asin_til&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></div><br />
さらに、そこにはもう一つ、他製品の多くで気に入らないことがある。Rexing V1は形状及び装着方法としてはとても良い製品で、ルームミラーの影に隠れるように装着すれば、全く視界を妨げない。本体は若干大柄に思えたから、これは意外だった。両面テープでがっちり固定する方法は、吸盤のようにヘタれて落ちたりもしない。画角も広くて、おおかたの評価記事通り、写りも良い。おおよそラジオ受信に影響した件以外、これといった不満はないのだ。<br />
<br />
本体がどんなに小さく軽くても、本体より大きなエリアを占有して視界の邪魔になるマウントじゃあ、困る。ググっていて、透明なマウント部品が売られているのを見つけたが、それを考えた人の気持ちが良く分かる。本当に、目障りなのだ。そのくせ、運転の邪魔にならないようにモニターは自動的にオフになります、などという。吸盤式は最悪で、そのうち必ず落ちる。走行中に落ちたのを貼ろうなんてしていたら、それこそ危なくてたまらない。<br />
<br />
<iframe width="680" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/HWtY5Jbh48c" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br /><span style="font-size:0.8em;">▲ 写りはすこぶるよろしい</span><br />
<br />
2003年に実用化されたというドライブレコーダーが巷に広がりだして、もう5〜6年も経っただろうか。今、2016年7月現在販売されている製品群については、ここ数年、たいした変貌を見せていないように思う。たしかにHDの美しい映像が得られるようにはなったのだが、吸盤のマウントは旧態依然としているし、ラジオなどへの影響にまつわる基準もない、まだまだ未成熟な製品なのだ。<br />
<br />
だが、未成熟だということは、先があって楽しみだという意味でもある。カメラ以外の部分でも、スマートなマウント方式のものや、太陽光電池式で配線不要のものなど、まだまだ開発の余地だらけ。カメラ機能でも、何よりダイナミックレンジの拡大と、広くて歪みの少ない画面の実現といったような、多くの発展余地があるだろう。しばらくは、それを楽しみに待っていたい。<br />
<br />
ところで、Rexing V1は3月10日にファームウェアが更新されて、外付けGPS対応になった他、micro SDカードの64GBや128GBにも対応していた( <a href="http://firmware.rexingusa.com/">http://firmware.rexingusa.com/</a> でSupportからFirmwareで製品選択)。早速更新したが、いかんせんGPSユニット、<a href="http://www.rexingusa.com/?page_id=6#!/Rexing-GPS-Logger/p/63712321/category=18444674">Rexing GPS Logger</a>は国内未発売。さぁて、どぉしたものやら…<br />
<br />
<div id="add1"><h4>【7月16日追記】</h4><p>原因を探ったところ、やはり電源部分 … DC12V → USB5Vのシガーライタープラグ型電源が原因。原因は分かったが、これを開いてコンデンサを入れるとか、まぁ策がないじゃないとは言うものの…</p></div><br />
<div id="add2"><h4>【7月17日追記】</h4><div class="rightbox"><a  href ='http://www.amazon.co.jp/gp/search/ref=as_li_qf_sp_sr_il?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&index=aps&keywords=%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%80%20%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%AC%E3%82%B9%E9%9B%BB%E6%BA%90%E3%82%BD%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88%E3%80%8CPLUSING%E3%80%8D3%E9%80%A3BK%20XL-3100%20%E9%BB%92&linkCode=as2&tag=pictinasadmn-22'><img src='http://ws-fe.amazon-adsystem.com/widgets/q?_encoding=UTF8&ASIN=B000KLNRSG&Format=_SL110_&ID=AsinImage&MarketPlace=JP&ServiceVersion=20070822&WS=1&tag=pictinasadmn-22' border='0' /></a><img src="http://ir-jp.amazon-adsystem.com/e/ir?t=pictinasadmn-22&l=as2&o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div><p>ググってみていて、「<a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/gp/search/ref=as_li_qf_sp_sr_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&index=aps&keywords=%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%80%20%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%AC%E3%82%B9%E9%9B%BB%E6%BA%90%E3%82%BD%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88%E3%80%8CPLUSING%E3%80%8D3%E9%80%A3BK%20XL-3100%20%E9%BB%92&linkCode=ur2&tag=pictinasadmn-22">ラウダ ノイズレス電源ソケット XL-3100</a><img src="https://ir-jp.amazon-adsystem.com/e/ir?t=pictinasadmn-22&l=ur2&o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />」が目に付いた。これはオルタネーターなどからノイズが発生していて、それが機器に回り込むのを防ぐために噛ませる、電源側の改善装置だが、まぁ試して損はなかろうと、購入・装着してみた。結果は、フェライトなどと同じで、若干改善はするが、完璧とは言えない。まぁそれはしかし、原因だと分かっている電源装置そのものを変えていないのだから、当然だろう。電源ノイズのレベル表示機能があり、組み付けた最初は、ノイズありを示すLEDが真っ赤に点った。それが、調整ダイアルを回すだけでグリーンLEDへと変わり、ノイズや障害は減ったから、まるっきり役を成さないものではない。</p><p>困っている状況によっては、この器具による程度の改善だけでもかなり満足できるだろうし、何よりただ器具を間に入れるだけだから、誰でも簡単に対処できると思う。</p></div>]]></description>
 <category>Vehicle</category>
<comments>http://www.pictinas.com/tomilog/?itemid=440</comments>
 <pubDate>Thu, 14 Jul 2016 16:41:28 +1000</pubDate>
</item>
  </channel>
</rss>